バスの帰り道

夫とバスに乗ったときの話です。終点の自宅までかなり時間があったので、私たちが乗車した後も多くの人が乗ってきました。気が付くと、小学校低学年くらいの男の子が乗っており、社内を激しく動き回っていました。空いた席に座ったり、寝ている男性の顔を覗きこんだり、やりたい放題。笑い声も大きいので迷惑です。夫に小声で、「あの子まずいよね?親か運転手さんが注意しないと危ない」と耳打ちすると、「うんうん」とうなずくものの目を閉じて眠そうにされました。それなら私も寝ようかと思ったとき、男の子がこちらを見ていることに気が付きました。接客業のクセで、ニッコリ微笑んだ私。すると、男の子も嬉しそうにニコニコ笑い返してくれたのです。
私はそのまま寝てしまい、終点で夫に揺り起こされました。バスには私達しか残っておらず、運転手さんにお詫びしながら下車。手を繋いで暗い道を歩いていると、夫がコンビニに寄りたいと言ったため、ちょっと寄り道しました。
店を出たら、また暗い道を2人でテクテク。あれ?後ろに誰か歩いている?いないか……。歩きながら何度も振り返る私に夫は、「こわいからやめてよ」と笑いました。
やっと自宅について、バッグから鍵を出しているときでした。夫が「いいからこっち向いて」と言って、コンビニの袋をいじり、いきなり白い粉を私に投げつけてきたのです。口に入ったそれは、塩でした。夫は以前から霊感があり、一緒に過ごすうちに私まで不思議な体験をすることが増えていたのです。
急に怖くなって泣き叫ぶ私を夫は無視し、背中にもバンバン塩を投げつけてきました。さらに背中をぶたれた瞬間、肩が軽くなったのです。呆然としていると、「俺もお願い」と塩を渡されたのでした。訳も分からず夫に塩をかけまくっていると、「バスでお前が見た男の子、他の人に見えてないからね?」と言われたのです。混乱する頭でよくよく思い返すと、確かに不自然でした。男の子がどれだけ騒いでも、誰1人目を向けていなかったのです。日本人もドライになったもんだ、と思っていましたが……そうじゃなかった……。夫はこわかったため、バスで寝たふりをしていたと明かしてくれました。終点で男の子の霊が私についてきているのを感じたときは、ゾッとしたそうです。コンビニに寄ったのは、他の人にうつってくれたらラッキーだと思ったから。さらに、うちの塩が食卓塩だから、お祓いのために粗塩を購入しようと思ったそうです。
夫には終始男の子の姿が見えていたけれど、私がパニックにならないよう落ち着いて対応してくれていたのでした……。
目が合って笑い合った男の子の顔は、しばらく忘れられませんでした。
(奈良県奈良市 豊田早紀さん 34歳)